りさふたたび SANEorINSANE その後

10代の小娘が書いていたブログSANEorINSANEをもういい大人になったりさが再開

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おばさんと理性

グラタンドフィノアを作ろうと思い立つ。母親に作り方を聞こうと電話をしたけど「適当に作っているからわからないわ」との返答。
仕方なくクックパッドで検索して作り始めた。リビングでは夫が明日の仕事の準備をしている。つけっぱなしのテレビからはバラエティ番組が流れてくる。私は黙々とグラタンを作り、オーブンに入れるとスープとサラダと肉料理に取りかかる。今日は高カロリーだな、と一応思う。
この前飲み屋で一緒になったおばさんの顔が頭をよぎる。信じられないくらい太った体をテーブルに乗り出して、私たちに「この土地は汚染されているから避難しなさい」と主張していた。私に何度も「感情論でものを語るな」と言う。喋り続けるおばさんを見つめながら、どうしてこの人をはじめ多くの人が感情より理性を重視するのか疑問を抱いていた。おばさんの言う危険か安全かっていう理性だけで動いていたら、そこらへんを飛んでいるハエと同じじゃないか。
オーブンの音が鳴り、私は中を覗いてグラタンの様子をうかがった。あともう少し、火を通したい。10分にセットして再びスイッチを押す。カタカタと音をさせながら、飼っているハムスターが檻に掴まりしきりに鼻を動かしているのが見える。グラタンに乗ったチーズが食べたいのだろうか。しばらくすると、諦めたようにひまわりの種をほおばり始めた。
「良いにおい!」と夫が仕事を中断して食卓にやってくる。「今日はごちそうだよ」と私。オーブンから取り出したグラタンをテーブルに並べて、写メにして母親に送る。少し水分が出過ぎてしまった。「小さいオーブンのせいよ」と返信がくる。外は春の嵐。風の音がかすかに聴こえる。

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バジルトーストに鳥のふん

昨日の夜、眠剤を飲んで寝た。私はもう不眠症でも何でもないのだが、思いっきりすとんと眠りにおちたい欲求が強かった。以前作業療法士の友だちが、睡眠導入剤は特に眠りの質を高めるわけじゃないんだよと教えてくれたのだが、やはりなんとなくよく眠れた気分になる。たぶん薬は信じる者を救うのだ。昔眠れない子どもに、これはよく眠れる強い薬だよと伝えて、片栗粉を飲ませた母親の話を聞いたことがあるけれど、それに似たかんじ。
そんなわけで今日は気分爽快な朝だった。というか、夜明けだった。まだ薄暗い夜明けにぱっちり目覚めてしまったのだ。薬こええなと思いつつ、体が既に睡眠を全く欲していなかったので、弁当を作り、朝食にミルクティーとバジルチーズトーストを作った。昨日の夕方にスーパーでバジルペーストを探したのだが、どれもお高く仕方なしに買ったペースト状のバジルドレッシングをパンに塗ってチーズをのせて出すと、夫は「おいしそう!」と笑顔で喜んでいた。私も一口食べてみる。やっぱりドレッシングっぽい。酢の味がする。でも不思議と美味しくて、朝のニュース番組の新しい顔ぶれを眺めながら二人でひたすらもぐもぐと食べた。
紅茶を飲んで「ありがとう」と夫が言う。朝はバタバタしてしまい、彼はいつもよくわからない組み合わせの朝食を自分で作る。今日のような朝食は、きっとごちそうだったに違いない。かわいそうな気分になったので、明日からはミルクティーぐらい出してあげようとひそかに思う。今日は新年度の第一日目なので、彼は早めに家を出る。「初任者にかわいい子がいるといいね。」と言って見送ると、「うん、まあね。」と気のない返事がかえってきた。
部屋に戻ると、床にほこりが落ちていた。私は仕事場では全力できちんとして、家に帰るとだらっとしてしまう。「きちんとエネルギー」を使い果たして帰宅するかんじだ。つまり夫は全力でだらけている私と汚い部屋しか見ていない。腑に落ちないので今日は家中をそうじすることにした。
ものすごい汗をかきながら部屋と言う部屋を磨き上げて、大いに満足。家事って痩せるよなーとぼんやり考えながら換気のために窓をあけようとしてふとベランダに目をやると、夫が育てている植物が見えた。ムラサキシキブやアフリカの菊が冬の寒さを越えて誇らしそうにしている。アフリカの菊は、名前が思い出せないけれど、夫が株分けを試みて成功したらしく、10株くらいが並んでいた。手すりには鳥のふんがこびりついていた。雨に洗われて露になった何かの種が根も生やせずにひからびている。私は鳥がベランダの手すりに止まって用を足しているところが見たかった。人間のテリトリーなんて、そんなことはお構いなしに用を足して飛立つ鳥をかわいいなと思った。

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センチメンタルなラジオと霧でかすんだ外景色

朝起きると夫はテレビをつけて、シャワーを浴びに風呂場へ向かう。
忙しく読まれるニュースの音と私一人がぽつんと残され、仕方なくなるべく平和な情報を流してくれるチャンネルに切り替える。お弁当のチーズオムレツにとりかかる。
「この二人結婚するんだってー」などと脱衣所の夫に大声で伝える。タオルで髪を乾かしながら、夫がテレビを確認しにきて、「おお!」なんて言う。
ほぼ平面の滑り台を無理矢理すべらされているような、なんとなく納得のいかない朝を繰り返す私たち。
今日は夫がラジオをつけるというマイナーチェンジを仕掛けてきたので、彼が出かけたあともつけっぱなしで聴いていた。ローカル放送のお姉さんがローカルな話題についてローカルなイントネーションで一生懸命に伝えてくれる、朝の空気を完璧に読んだ明るくさわやかな番組だ。
春の訪れを知らせる情報に耳を傾けながらシリアルを食べていた。外の景色は薄い霧でかすんでいる。
こんなふうにぼんやりとした朝は、すべてを投げ出して街の雑踏に消えてゆきたい衝動に駆られてしまう。この衝動はこれまで私からいろんなものを奪っている。
すべてあとから取り戻したくなったけど、それにはものすごい努力、それも本当はしなくてよかったはずのせつない努力が必要なことがわかった。
今は日常でも、一度手放したらもう二度と同じかたちの日常は取り戻せないのだ。
そんなことを、頭の右側で考えつつ、反対側では今日の家事の段取りをしていた。
ラジオからはお姉さんの声が消え、陰鬱で深遠な内容の歌詞が流れてきた。朝からこの曲に入り込んで共感する人は少ないだろうな、もっとセンチメンタルな時間に流した方が、この曲も喜ぶんじゃない?なんて思いながらエプロンを目で探していたら、レースのカーテン越しに光が射してきた。
しばらく、カーテンを揺らす光の動きを見つめていた。
「今日は暖かくなるでしょう。花粉には十分ご注意ください。もう春ですね、良い一日を!!」
陰鬱で深遠な歌詞は余韻を許されぬままお姉さんの明るい声の中に消え入った。
私は今日は衣替えをしよう。
仕事の前に喫茶店に行こう。


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わたしは水

夫に、あなた石みたいねって言ったら、あなた水みたいねって返された
いいじゃん、水って
凍ったり蒸発したり溶けたりで忙しいよ
あなたは石だから、水のあたしに転がされながら形を変えていくのよって言ったら、そうだなだって
あたしは水みたいな女なの、凍ったり蒸発したりおしっこになったり朝露になったりで忙しいの
でも蛇口をひねれば出てくるようなイージーな女よ
明日は牛の涎になるつもり

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退屈を手放して次の退屈を手に入れてしまうループから逃れる

目の前にあった退屈な人生から逃れようとして彼女が選んだのは、最も退屈な生き方だった。それは誰の目にも明白で、彼女自身も気がついていた。でも今更どうすればいい?あまりにも月日が経ちすぎて、呆然と窓の外を見つめる彼女の顔にはもう昔の面影はない。それでも彼女は前へ踏み出すことにした。試したことのないすべての行動を起こすには遅すぎたが、まだやれることは十分に残されていた。

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